発展のためのアドバイス集《27》

減るものと増えるもの

私は生体ミネラルをご愛飲されている方から、多くのお手紙を頂戴します。
その度に、『喜べば 喜び事が喜んで 喜び集めて 喜びに来る』…という言葉の意味を実感します。
目に見えるもの(お金や物質)は使えば使うほど減っていきますが、目に見えないもの(愛や喜び)は与えれば与えるほどどんどん増えるようにできています。
目に見えないものの中には、感謝(※真の意味:日常の当たり前のことを当たり前と思わないこと)、優しさ、いたわり、励まし、希望、夢、思いやりなどがあり、これらは全て連鎖と循環でどんどん大きくなり、そしてまた自分に帰ってきて、また更にどんどん多くの人に与えられるようになります。
これを幸せな人生といいます。
けれども目に見えないものの中には、あまり良くないものもあります。
怒りや憤り、恨み、妬み、憎しみ、悲しみ、自己嫌悪、絶望、過ぎた欲望など。
これらも実は、連鎖と循環で大きくなりながら、いずれ自分に戻って来て、結果的に不幸な人生を歩むことになります。
誰もが幸せな人生を送りたいもの。
幸福は落穂拾いと同じだと思います。
幸せな人生とは、毎日生きていく中でその小さな幸せを見つけることだと思います。
多くの人は、自分の周りに幸せの種がいっぱい落ちているのにそれに気付かず、不幸の種を拾おうとしています。つまり、不幸な人は、不幸の種を見つける天才なのかも知れません。
人が気にも留めない、または気が付かない小さな幸福の種を見つける天才が、本当の幸福の人生を送ることになると思えるのです(※朝、息をしている。ご飯が食べれる。ウンチが出た。声が出る…等)。
不幸の種を見つける天才に、大きな喜びがいきなり来ることは絶対にありません。
幸福の種を見つける天才だけに、小さな喜び事が積み重なって、大きな喜び事を招くようになっていると感じます。(「発展のためのアドバイス集14」参照)


頂いた手紙より

「JES緊急ニュース23」にも述べましたが、ある方から手紙を頂きました。
以下、その内容についてご紹介致しましょう。
『…話が変わるが、先週ある方から嬉しい手紙を頂いた。34歳の独身女性からである。彼女は知的障害者で睡眠障害者でもある。どんな高価な健食を試しても一向に改善せず、毎日死ぬことばかりを考えていた。母から「生体ミネラル」を勧められたが、「こんな値段で良くなるわけが無い!」と突き放した(※何故かこういうパターンが結構多い)。しかし母はこっそり会員になっていて、商品が送られてきた。一口飲むと酸っぱいやら苦いやら、「青汁よりひどい!」と思った(笑)。しかし不思議と徐々においしく感じられ、1ヵ月後にはすっかり熟睡できるようになった。「朝の目覚めはスッキリ、○○不順まで解消。増え続ける一方だった睡○○や精神○○○がゴミ箱へ!おまけに会員になった途端に、信じられないくらい運が良くなったのです!命を助けてくださってありがとうございました。今本当に私は幸せいっぱいです!」…。ここまでは通常の有り難い体験談の一つである。スタッフがこの内容を匿名で公表しても宜しいかどうかの手紙を書いた。その返事が今届いたのである。その手紙の内容に私は感動し、涙した。「この私の実名、住所なども全て公表して戴きたくお願いします。この時代、公明正大に堂々と本当のことが言える人が少なくなっています。ネットでも他人の悪口や中傷、嘘や噂話を書かれ、中には自殺まで追い込まれている方々も増えていると聞きます。とても悲しいことですね。こういう今こそ、自分の良心に正直に従い、良いことは良いと言って私は生きたい。ただそれだけなのです。言葉で人を殺せるなら、言葉で人を救えるはずです。せめて私だけでも、そういう人間でありたいのです。希望の命水の名の通り、このお水で私のような病気を抱え、苦しんでいる大勢の皆様方全員を助けてあげて欲しいのです。どうぞ心からよろしくお頼み申し上げます。」…彼女の心の清らかさと勇気、そして叫びを聞き、私自身、魂が洗われる気がした。』


たった一つの言葉が運命を変える

彼女の言うように、言葉とは、人を殺すこともできるし生かすこともできます。
言葉も音声ですから目に見えないものの中に入ります。
言葉は、今まで自分が持っていた価値観や人生、そして運命さえを変える力も持っています。
実は私は幼い頃から、誰もが認める『口下手』でした(※社員は「信じられない…」と言ってますが)。
このコンプレックスを何とかしようと、最初の就職先として訪問したのが、ドクター専門商社でした。
『大人は恐い…その中でも特に医者が恐い…』という、幼い頃の心臓病で患った時のトラウマもあったのでしょうが、自分にとってその一番恐い医者を相手に嫌いな営業職を選んだのです。
当時、住○商事とマス○ロアンテナから内定をもらっていたのですが、結局、営業バリバリのこの会社に就職する羽目(?)になりました。
そのきっかけは、会社訪問時の説明会場に行くはずが、エレベーターでばったり会った社長に呼び止められ、その後強制的に、靴が埋まるほどの絨毯が敷かれた最上階の社長室に連れて行かれ、そこで私が社長に言った《言葉》が原因でした。
社長室のソファーに座らせられた私に、「君、座右の銘は?」と突然聞かれます。
『はっ?ザユの目?(アユの目なら知ってるけど…)』
「君は座右の銘も知らんのか…呆れたもんだ、自分で心に留めている言葉くらいあるだろ?」
『あぁそういうことですか…(ちょっと考えてから)あっ、ありますあります!』
その時とっさに出た言葉が、幼い頃に祖父から風呂でうろ覚えで聞いた言葉でした。
『“我に百難百苦を与えたまえ”と、昔の、えーと…確か偉い侍が月に向かって祈った言葉です』
すると社長はじっと私の顔を見つめ、おもむろに受話器を取り、どこかに内線しています。
「青木君(第一秘書)、今連れてきた学生、内定だ!他の会社に絶対取られるなよ!」
私は何が起きたのか呆然としながら、第一秘書に連れ添われ、エレベーター内でこう言われました。
「宜しいですか本井さん、これからは形だけの試験、そして役員面接となります。面接では、あなたは社長の親戚ということで通してください。そして他社は全て蹴ってください。悪いようにはしません。」
『はぁ?…いえ、はい。』
私が覚えていた“我に百難百苦を与えたまえ”は実は間違いで、“願わくば我に七難八苦(艱難辛苦)を与え給え。限りある身の力試さん”と、お家再興のために山陰の麒麟児:山中鹿之助(幸盛)が三日月に祈った言葉だったことを後で知り、恥ずかしい思いをしました。
叩かれても押し潰されても、前を向いて立ち上がろうとするその姿勢は、自分を強くし、いずれは苦難を克服し、大いなる目的を達成できるという意味でしょう。
住○商事に行ってたら多分私は企業の一つの駒で終わっていたでしょうし、マス○ロに行ってたなら、当時会社が力を入れていた中近東に派遣されていたことでしょう(※こっちが百難百苦だったかも?)。



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