発展のためのアドバイス集《17》

幸・不幸は比較によって決まる?

ほとんどの人は、自分が幸福か不幸かを比較によって決めています。
例えば、隣の家が新しい車に買い換えた(ウチはポンコツ)、友人が結婚した(自分は彼女もいない)、知り合いが海外旅行に出かけた(我が家は無理)、息子の同級生が一流大学に合格した、会社に行くと嫌な上司にこき使われる、自分だけいつまで経っても給料が上がらない、病気を患っている…等など。
テレビで「世界がもし100人の村だったら…」といった放送がよくされます。
80人は冷蔵庫のない住居環境に住み、70人は文字が読めません。
50人は栄養失調に苦しみ、1人は餓死寸前です。
この中で、医者に診てもらったり薬が買える人はほとんどいないでしょう。
もし銀行に1円でも預金があり、財布にもお金がある人はわずか8人です。
大学で教育を受け、パソコンを所有している人はたったの1人です。
そう考えると、私たち日本人はとても恵まれた環境の中で生きていることがわかります。
けれども本来の幸福感とは、決して他との比較から生じるものではなく、今の自分の状態を自分自身がどのように感じているか…によって決まります。

「生老病死」より苦しいことは?

今から2600年ほど前、ブッダは肉体を持っているがゆえに、4つの逃れられない人間の苦しみを説きました。
生きる苦しみ(生まれる苦しみ)、老いる苦しみ、病にかかる苦しみ、そして死から逃れられない苦しみです。
けれどもよく考えて見ましょう。実はこれらは全て楽しみでもあるのです。
生まれる喜び、老いて孫と話せる喜び、病に倒れても看護してくれる人がいる喜び(愛がもらえる喜びや休息の時間ができる喜び)、そしてこの世からやっと卒業できる喜び(家族に見送られ苦しみのない世界にいける喜び)。
ブッダは、「な~んだ、苦しみだと思ったことは実は楽しみだったんだ。ならばもっとすごい苦しみがあるに違いない」…そう思ったかどうかは知りませんが、後に別の4つの苦しみを説きました。
愛別離苦…愛する人といつかは別れなければいけない苦しみ。
怨憎会苦…怨んでいる人や憎たらしい人と会わなければいけない苦しみ(笑)。
求不得苦…富や愛や物を求めようと思っても得られない苦しみ。
五陰盛苦…5つの物質的・精神的な要素(容姿やプライド・コンプレックス等)に執着する苦しみ。
インドでは、最初の四苦(生老病死)とこの四苦を合わせて四苦八苦と呼ばれるようになりました。
実は後で説いた四苦がもっとも苦しい事柄だったのです。
最初の四苦は自分だけの肉体に関する苦しみですが、後の四苦は、社会の中で他人と縁を持ったり触れ合ったり、自分と比較したりすることで感じる苦しみだと思うのです。
『自分以外の他人がいることから生じる苦しみ』…が最も大きな苦しみだと。
本当にそうでしょうか???

苦楽は考え方次第?

私は新潟の事業家の4人兄弟の末っ子として生まれました。
母はキリスト教、祖母は仏教、父は神道、祖父は密教という、まるで宗教戦争がいつでも勃発しそうな家庭の中で育ちました。一人は愛が大事だと唱え、一人は慈悲だと、そして一人は儀式や礼節によって人生は変わると唱え、一人は肉体行こそ悟りへの道だと(笑)。
でもなぜか家族はいつも笑いが絶えず、調和が取れていたように思います。
小学生の頃のある日、蜂に手を刺されてしまい、あまりの痛さで泣きながら母の元に向かいました。
すると母は蜂に刺された私の指に向かって、「ありがとう、ありがとう」と呟きながら毒針を抜きました。
その理由を聞くと、「目じゃなくて良かったからよ。あなたも一緒に100回ありがとうって言えば、痛くなくなるわよ」…。
首を傾げながらも確かにその時、それほど膨らまずに痛みも消えていったような記憶があります。
その頃から、『ありがとう』の威力をつぶさに感じていました。
嫌なことが起きた時にこそ瞬時に『ありがとう』…と唱えると、本当に不幸の連鎖を断ち切ることができると多くの人も言っています。是非、蜂に刺されたときは実験してみてください(笑)。

人との“縁”こそ宇宙最大の愛であり慈悲の贈り物

話を元に戻しますと、ブッダは自分以外の他人が存在することで様々な苦しみが生まれる…と説きましたが、実はこれも表裏があるのです。
これら苦しみを体験することで、大いなる悟りの道があるとブッダは結んでいます(苦集滅道)。
ただ毎日が「苦しい、苦しい…」と叫んでいても、決してその苦しみから逃れることはできません。
どうせ口に出すなら、むしろ《苦》を《楽》に変えて『楽しい!』と叫んだ方が人生は好転します。
それが無理なら、その苦しみの原因を探り(反省)、取り去る(感謝)しかありません。
その法則や方法のことを、正見から始まる8つの《八正道》と言います。
結論を言いますと、苦しみや不幸を作った原因は自分の中にあって、決して他人の中にあるのではない…ということをまず自覚するということになります。
つまり、自分の考え方とそれに基づく行動や行為が、今の自分の立場や環境、そして苦楽も幸不幸も決めているということです。
人生は良いことばかりではありません。むしろ悪いこと、苦しいことの方が多いでしょう。
それらは自分以外の他人が存在することによって、様々な悩みや苦しみが生まれるからです。
かといって、人間は一生一人で生きていくことはできません。
愛する人と別れるのが嫌だから人を好きにならない、怨み憎い人と会いたくないから外に出ない、求めてもどうせ得られないから最初から諦めている…といった人生はとても愚かなことですね。
実は大宇宙の法則には、多くの人と出会い縁を持つことで、多くのことを学びながら、そしてお互いが楽しむようにできていると私は思うのです。
中には砥石のように傷付け合うこともあるかと思いますが、いずれは角が取れて丸く調和され、互いが励まし合い、扶け合う関係もあり得ると私は考えます。
限られた人生の中で出会った一人とは、誰一人も例外なく間違いなく予定された方です。
しかし中には反面教師的な人、性格的に嫌いな人もいるかもしれません。
そういった方たちともお互いに調和を取っていくには、相手の良いところを頑張って探し出し、それを心から認め、そしてその人の良い所だけを見て良い部分とだけ付き合っていくことです(いいとこ取り)。
それがお互いを成長させ、大いなる発展への道に繋がります。


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